ラヴレス
「とりあえず、こうしていても仕方ありません」
側近の男は主人の前に紅茶を差し出すと、にい、と口角を上げて見せた。
「久々の日本滞在です。ぶらりと辺りを散策してきても宜しいのではありませんか?」
上着を脱ぐ主人の手伝いをしながら。
アルマーニの男は側近の意図に気付き、その美しい蒼眼をにいやりと細めた。
大の大人がふたりして、悪戯を思いついた子供のような顔になる。
側近は躊躇うことなく、主人が期待する言葉を素直に言い放った。
「提案ですが、たまにはご自身の脚で養護施設を視察してみてはいかがでしょう。『シュナウザー家のキアラン』としてではなく、『日本に旅行にきたイギリス人…ただのキアラン』として」
それを聞いた主人―――キアランは、その口角を惜しげもなく上げた。
唇から垣間見えた真白の歯が、彼の清楚な雰囲気にマッチして輝いている。
「回りくどい」
遠回しに言い募った側近をたしなめ、しかしやはり笑顔は引かない。
身辺養護に携わっているSPが聞けば卒倒しかけないことを、ふたりは企てている。
「変装用の私服のご用意は、できておりますよ」