ラヴレス
「…といれ」
ボサボサになった髪を手櫛ですきながら智純は立ち上がった。
ぐらぐらとバランス悪く歩くものだから、ジンも立ち上がる。
「大丈夫ですか?」
「…大丈夫です」
寝すぎただけ、と小さく洩らした智純は、ジンの手を借りることもせず後部にあるトイレに消えた。
「…全く、のんきなものだな」
智純がそれなりの苦労をしてきたのは知っている。
それでも気ままな彼女に、キアランは原因不明の不快を感じていた。
自由でありながら自由ではないキアランと、自由ではないが自由な智純。
キアランが些細な違和感を感じ、智純を羨むのは仕方がないことだった。
「アナベル・トシュナウザー」を率いる当主とはいえ、まだ年若い。
キアランのように柵(しがらみ)を持たない智純が随所随所で見せる猫のような気まぐれが、キアランを無意識に苛立たせていた。