ラヴレス
「キアラン」
キアランが肩を怒らせてのを見て、ジンが冷静に間に入ってきた。
「チフミ様、とりあえず席に戻りましょう」
智純の手を遠慮なく握り、ジンはにこやかな笑みを向ける。
「今はもう大西洋の真上です。もう暫く耐えて頂ければ、ヒースローへと着きます」
役に立たない慰めでも叱咤でもなく、ジンは的確に現状を説明した。
それを受けて、今にも意識が飛びそうだった智純の目の光が少しだけ和らぐ。
「…わかった、」
がんばります、とジンに対して消えそうな声を出す。
喉奥から漏れた吐息は震えていて庇護欲をそそる。
智純はジンに抱き起こされるまま、それに従って倒されたリクライニングチェアへと戻った。
「手を握っていましょうか」
「…こどもじゃないから大丈夫です」
気を遣ったジンがそう言うが、智純は力なく笑ってそれを断った。
キアランが言えば、「ふざけるなセクハラ」と返ってくるようなものを。
その態度の違いすら、キアランを不快にさせるには充分だった。
先に智純の異変に気付いて声を掛けたのは己であるのに、何故こんな立場に追い込まれなくてはならないのか―――考えても答えは出ない。