ラヴレス
「失念していましたね。確か彼女の母親も乗り物が苦手だった筈です」
軽い睡眠薬を与え、智純が寝入ったのを見計らってジンがそうキアランに切り出した。
勿論、この情報ソースは陽向を溺愛していた叔父上である。
「だからと言って娘までそうだとは限らないだろ」
智純を気遣うジンに、キアランは刺を含んだ声でそっけなく返した。
それを受けて、ジンは苦笑する。
「…なにを拗ねてらっしゃるのです」
もうすぐイギリスに着く。
ここ数ヶ月、各国を巡り巡っていたので母国の土を踏むのは久々だ。
叔父上にも最愛なるイトコにも会えるのだから、もう少し喜んだって良いだろうに。
「別に。子供じゃないんだ。拗ねたりしていない」
それはジンにも解っていた。
優しさを撥ね付けられて腹を立てているわけでもなく、拗ねているわけでもない。
我が主人は、ただ純粋に「気に食わない」のだろう、と。