ラヴレス
*
ヒースロー空港から約三時間弱。
智純が乗り込んだ黒塗りの車は、ロンドンの郊外に居を構えるキアラン邸にただまっすぐに向かっていた。
時差のせいか空飛ぶ鉄のせいか、身体が異様にダルい。
窓の外を眺める景色は、今まで智純が見たこともないようなものばかりだった。
テレビでしか見たことがなかったウェストミンスター宮殿、夜は美しくライトアップされるであろうタワーブリッジ…。
近代的なビル郡と、奥ゆかしい旧習を思わせる路地の対話が耳を擽るようだった。
しかし郊外に出れば、日本よりも鮮やかな緑に包まれた草原、畑、森が広がっている。
時々連なる民家は絵本に出てくるようなものばかりで、なるほど、さすが魔法使いの国――これは智純の偏見に基づいている――である。
(…母さん、母さんの好きな人に会いに、こんなところまで来ちゃったよ)
緑しか流れない景色をぼんやりと眺めながら、落ち着いている筈なのに、車が走れば走った分だけ、鼓動が大きくなっていくのを智純は自覚していた。
(こんなところまで来て、どうしようって言うんだか…)