ラヴレス
ティーセットは辛うじて割れなかったが、中身はやはり零れてしまった。
それを頬に滴らせ、キアランはのっそりと起き上がる。
階段の向こう側へ消えた智純に、視線すら流さないキアランを気遣うようにソフィアは彼の手を取った。
「…失言ですね」
そんな彼にタオルを差し出し、ジンは主人をたしなめるでもなくそう口にする。
そこに非難の色はない。
キアランが答える代わりに、砂糖を淹れた智純の紅茶が、つ、とシャツへと滴った。
「…シャワーを浴びてくる」
ソフィアの手を小さく握り返してから離すと、キアランは俯いたままその場を離れてしまった。
その寂しげな背中になんと声を掛けていいものかと、ソフィアは困りきったようにジンを見上げる。
心優しいソフィアに落ち着いた笑みを向け、ジンは大丈夫ですよ、と伝えた。
「…ソフィア様、彼女はああ見えて優しい方なのです。今回は少々デリケートな問題ですので、複雑な心中、お察しくださいませ」
そしてキアランではなく、智純のフォローをした。
日本での「事情」を知る者として、そしてキアランの為にも、の言葉だった。