ラヴレス







*






バタン…。

けたたましく閉めた重い扉が軋む。
それを背後で聞きながら、キアランは足早にバスルームへと向かった。

脳内でリピートされる智純の小さな背中、軽蔑の眼差し、小さくかさついた手が、力一杯自分を引き寄せた時の感覚。

そしてそれから足早に逃げようとしている自分。

それらが相まって、キアランは苛立ちを隠せずに居た。

優しいオリーブのタイルが美しい浴室に続く洗面所に入り、その大きな楕円鏡の前で、シンクを支えにするように、立つ。

俯けば、重力に素直な滴がぱたた、とシンクを濡らした。



「…クソ、」

場繋ぎの悪態を吐いてゆっくりと顔を上げる。

鏡に映った自慢のシルバーブランドは、紅茶のせいでぺたりと顔に張り付いていて、酷く間抜けだ。


(…なんて乱暴者なんだ)

叩きつけられた頬はもう痛くはない。
代わりに、濡れた髪からソフィアが好むアプリコットの香りが漂っている。

それが今の心情とあまりに駆け離れていて、キアランはゆっくりと頭を垂れた。

俯けいた頭から、嘲笑が洩れる。



「人を色眼鏡で見ていたのは、僕のほうだな」







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