ラヴレス
キアランは毒気を抜かれて、長い溜め息を吐いた。
酷使した目をマッサージして、紅茶カップを片手に執務机から立ち上がる。
何事かと智純が見れば、キアランは気だるげに智純の前のソファへと腰掛けた。
「…小さい頃は幽霊が出そうで、嫌で嫌で堪らなかったんだ。五歳までニューヨークで過ごしていたから、ここに越してきた時は本当に嫌だった」
なにを話すかと思えば、次はそんな話題。
智純はキアランがなにをしたいのかも解らず、しかし話には乗ってやることにした。
「あぁ、解るかも。私もじいさんに連れられて寺に行った時は衝撃だった。まさかぼっとん便所で生活することになるとはね」
にやにやと当時を思い出した智純に、キアランは首を傾げる。
「ぼっとん便所」が解らないらしい。
当然だ。知ってたら逆に引く。
智純がにやにやしたまま説明してやれば、キアランは納得したように頷いた。
「あん時は、天井のシミや階段が軋む度にびびってたよ」
懐かしむように細められた智純の視線に、キアランはずきりと胸が痛むのを感じて苦しくなる。
引き離したのだ、自分は。
「家族」をなによりも愛している彼女から、卑怯な手を使って。