ラヴレス
わざわざ海を越えてまで会いにきた「天使」に、喧嘩を売ろうとは、はなから考えていなかった。
けれど「天使」の顔を見た時、私は果たして本当に冷静でいられるのだろうか。
(―――だって母さんは、裏切られたまま、逝ってしまった…)
わだかまりとなって心に凝りを遺すそれは、疑いようもない事実なのだ。
「…っ、」
陰鬱な考えに耽っていると、扉の向こうから何やら騒がしい物音が聞こえてきた。
なにかが倒れる音、悲鳴、数人がバタバタと暴れる音―――…。
「なに?」
ソフィが戦慄したように震えた。
明らかに、病人を見舞っている様子ではない。
まさか、「天使」の病状が悪化してしまったのだろうか。
「…っ、だめだ、」
キアランの声が微かに聞こえる。
ガタン、と酷く小さな音がして、目の前にしていた扉がゆっくりと開いた。
「叔父上、起き上がってはっ……」
キアランの焦燥の声。
ソフィの、「アラン、」と焦ったような呟き。
けれど私の耳には、ただ荒く吐き出される、震えるような呼吸しか、聞こえなかった。
「―――…っ、」
母が愛した人。
母を、幸せにできなかった人。