ラヴレス
私の目の前で、扉に縋りつくように立ち尽くす男。
白い保護服を着て、細すぎる脚に力を込めてやっとこさ立っているような。
震える腕には、無理矢理点滴を引き抜いたような跡がある。
くすんだ銀髪が、視界を霞めるように上下していた。
キアランと同じ風貌をした、けれど憔悴しきった、青白く老けた顔で。
「……ひなた、っ」
泣いてる。
涙を流しているわけでもないのに、その声を聞いてそう思った。
剥き出しの心臓を、その声に貫かれたのかと、錯覚してしまうほど。
「…ひなた、っ」
母の名を、こんな風に呼ぶ人を、私は知らない。
縋るように、二度と掴み落とさぬように私に手を伸ばすこの人を、私は。
「…っ、」
枯れ枝のように細い腕が、私の身体を乱暴に引き寄せた。
力を失った「彼」の膝が床に着き、私も引きずられるように大理石にへたりこむ。
呆然とただ、低い体温のそれに抱かれながら。
「…っひなた、ごめんなさい、…ひなた、っ」
体裁もなく泣きじゃくる大の男を、初めて見た。
女に縋るように、涙を流す男を。
「…独りにして、ごめんなさい、…っ」
―――…母さん。