ラヴレス








「…てんし、」

知純はキアランを一瞥してから、未だ自分に縋りついているアランに声を掛けた。

アランはその声にぴくりと反応し、乱れた銀髪をさらさらと揺らす。

乱れていた思考は徐々に冷静さを取り戻し、――いや、はじめから解っていたのかもしれない。

目の前の「知純」が、「陽向」ではないことを。

それを承知で、それでも涙せずには居られなかったのだ。

「知純」は、確かに「陽向」の娘なのだから―――。




「…、あ」

キアランと同じ紺碧の、少し灰がかった瞳が、ゆっくりと知純を認めた。

ゆらゆら、溜まったままの涙が、また飽和して流れてしまう。

アランは、何からも目を背けることなく、じ、と初めて会う「娘」を、見ていた。

栄養を点滴で摂っていたひび割れた唇が、ゆっくりと動く。

躊躇いがちに、けれど、どこまでも顕に。





「…ちぃ、ちゃん」



それは、母が付けてくれた、知純の幼少期の名前だ。

深い海のような、澄んだ夜空のような、深く慈しみのある眼が。




(―――あぁ、…)





「…ずっと、会いたかった」



母さん、こんなところに居たの。








< 220 / 255 >

この作品をシェア

pagetop