ラヴレス
(…叔父上の「チスミ」が、「彼女」で、良かったかもしれない)
今の智純を見れば、何より早くも容態が安定してきたアランを見れば、引き合わせたのは正確だった。
間違いではなかったのだ。
彼女は確かに、叔父上の長年消化しきれずにいた「想い」を受け取ってくれた。
だから、「彼女」で良かったのだ。
『キアラン、頼みがある―――…』
あの掠れた声を、今でも覚えている。
「…おはよう、」
ふと思考に耽っていた耳に固い声質が届いた。
新聞を畳み、顔を上げれば智純が立っている。
「…あぁ、…おはよう、智純」
まさかわざわざ自分に挨拶をしてくるとは思ってもいなかったせいか、反応が遅れた。
躊躇うように吐き出された何気ない挨拶を、智純は気にした様子もなく受け流す。
そのままゆっくりと席に着くと、智純はキアランではなく手元のナプキンを眺めながら口を開いた。
「…このテラスから七個目の窓のとこ、壁に小さなヒビが入ってる。窓枠に届く前に、補修したほうがいいよ」
散歩、の最中に見つけたのだろう。
この古い邸は、目敏く管理していなければ欠陥だらけになってしまう。