ラヴレス
「……ねぇ、」
控え目に出された声。
なにか無意識に失態でもやらかしたか、と思わず硬くなるが。
「道具揃えてくれたら、私が補修するよ」
彼女の口から発せられたのは、キアランの予想をはるかに超えたものだった。
「…は?」
キアランの思考の範疇を超えた発言に、思わず聞き返してしまった。
「だから、壁の修理。こんな歴史的建造物を補修した経験はないけど、ある程度の技術なら親方に教えてもらってるし」
西洋と日本ではやはりやり方や材料は違うであろうが、ある程度の道具を用意してくれるならわざわざ職人を呼ぶまでもない、と言っているのだ。
キアランとソフィアが呆気に取られたまま智純を見ていると、彼女は小さく視線を巡らせて。
「…すんげー言いづらいんだけどさ、今あんたんちが雇ってる左官屋、あんま腕よくない」
言いづらいと断ったわり、はっきりと言うものである。
「でも、今の修繕工事を頼んでいるのは、昔からアナベルト・シュナウザーに仕えてきた職人の家系なのよ?」
ソフィアはそれは不味い、と言いにくそうに口を開く。
智純は困ったように眉根を下げ、どう言おうか、と考えてるような仕種をした。