ラヴレス
口の周りに大判のタオルを巻いていて顔は良く解らないが、あの小さく寸胴な子猿体型は、この邸では、「知純」以外に有り得ない―――。
知純は手際よく幾つかの粉と水を混ぜ合わせると、一回り小さなバケツと刷毛を手に脚立を更に登った。
今朝言っていた、「ひび割れた箇所」がそこにあるのだろう。
一般建築より高さのある一階分は高い脚立に登っても、知純は顔色ひとつ変えず、慣れた手つきでまず壁を掃除し始めた。
ベルトにぶら下げたキアランやソフィアには解りもしない専門的な器具を使い、器用に作業を進めていく。
「……今朝ね、キアランが席を立った後、知純ったらジンに詰め寄って」
知純を凝視するキアランに、ソフィアはふふ、とたんぽぽのような吐息を吐く。
「『タダで世話になるなんて我慢ならない。壁仕事くらいさせて』って、言うのよ」
知純の剣幕に押されつつも、しかしジンは頑として仕事を与えようとはしなかった。
それよりもまずは英会話のお勉強を、と言い出す始末で、知純の怒髪天を突いたのだ。