ラヴレス
『本気の恋なのよ』
照れ笑いしながらそんな話をする母は、今まで見たこともないくらい柔らかくて、優しくて、綺麗だった。
『ド貧乏な留学生だったんだけど、ハンサムで優しくて、一緒に居れるだけで幸せなの』
小学生の私は、「金持ち」を連発していた母の変わりようにびっくりして、けれどこれが「本物の恋」なんだと、漠然と憧れたものだ。
あの時の母は、店の一番人気ホステスにだって負けないくらい、美しく輝いていたのだから―――。
(それを裏切ったバカと同じ髪色の男なんて)
それはただの八つ当たりだと解っていた。
けれど、その裏切りが母をどれだけ傷付けたか――考えれば考えるだけ、偲べば偲ぶだけ、悲しくなってしまう。
(…昼間っから住宅地の公園でだらだらしてるようなニート紛いの外国人のどこが「天使」だ!)
しかも、みさとはみさとであの青年にえらくご執心なのである。
恋をしたわけではなく、彼を「天使」と思い込んでの憧れのようだった。
(…天使ならさっさと天国に還れ!)
智純は持っていた包丁で、ちくわをまっぷたつにした。