ラヴレス
* * *
キアランの機嫌はすこぶる悪かった。
普段なら一時間以上も時間を割くバスタイムも、今日は不機嫌が先行して三十分で済ませてしまったし、帰ってきたらエスピーにお忍びの件がバレて、こっぴどく注意された。
なにが悪かったのか―――。
「決まっている」
キアランは母国語で悪態を吐いた。
それを端から見ていた秘書が首を傾げたが、それに構うのも億劫だ。
普段は穏和なキアランが、ここまで周囲にイライラを撒き散らすのも珍しい。
「…あの小猿娘」
エスピーの目を掻い潜り、ホテルから抜け出て日本の町中を散策し、小さな公園で、愛らしい「ミサト」に出会ったまではよかったのだ。
純粋で無垢で心優しい少女は、キアランが唯一心を許しているイトコを思い出させて、とても穏やかな気持ちにさせてくれた。
しかし、その少女を迎えにきた女性が良くなかった。
ただでさえ「日本人女性」には軽い偏見を抱いているというのに、今日出会った女性は最悪だった。
相手を知りもしないで悪態を吐くし、なにより初対面の人間に対する礼儀がなっていない。