ラヴレス
「キアラン様」
秘書が後部座席に座っていた主人を見ると、既に運転手が開けたドアから降りようとしているところだった。
慌ててそれに続く。
ひたりとした、湿度の高い冷たさが辺りを包みこみ、コートの隙間から肌を刺す。
「行くぞ」
不機嫌なキアランは、未だ煮えくる腹が治まらないらしい。
上まで続く緩やかな石畳を上がりながら、キアランは「こころの家」の表記を探した。
が、それらしいものは見つからず、大きな楕円の石に、読めない漢字で「…寺」と書かれているのを見つける。
「住職が居るのか?」
日本文化にはあまり詳しくない。
神社と寺の違いなど、キアランには理解できなかった。
広いからこそ質素で収めているような庭まで上がると、庭の楠の大きさに暫し感嘆する。
長く逞しく生きてきた幹は、その下にちんまりと収まっている「子供達の住処」を守っているように見えた。
(『チフミ』がここに居れば―――…)
長かった日本捜索も終わる。
病床で弱る叔父の、立っての願い。
叶えるつもりはあったが、それは余りにも漠然としていて、滅茶苦茶だった。