ラヴレス
* * *
「―――なにやら、娘が失礼を働いたようで」
客間に通された客人ふたりの目の前にどっしりと胡座を掻いた老人――「こころの家」の主である「じいさん」は、既に晩酌を済ました後らしく、酒の朱に頬を染めてそう切り出した。
その隣では、「ばあさん」がニコニコと熱そうな緑茶を湯飲みに注いでいる。
さすがに彼らの前では仏頂面を引っ込めたキアランの少し後ろで、秘書は見よう見真似で正座をしていた。
無礼千万というか、天真爛漫というか――これは褒めすぎ――強烈な印象を残した女性は、今はこの場に居なかった。
障子を開け、廊下を隔てた向こう側の部屋からから賑やかな声が聞こえてくるので、恐らくは子供達の面倒を見ているのだろう。
キアランは彼女が居ないことにほっとしたようだった。
「チィネエ」が居れば、どう考えたとて冷静な話は出来そうにない。
「…いえ、お気になさらず」
娘の所為を詫びる家主に、キアランは流暢な日本語でそう返した。
お気になさらずどころか、かなり気にしているだろうに、それを気取らせない。