ラヴレス
「…キアラン、その顔はどうしたんです」
車に待機させていた秘書のジンが、「こころの家」から出てきたキアランを見て驚いたような、呆れたような声を出した。
それもその筈だ。
仏頂面をしたキアランの頬には、赤い紅葉が貼り付いている。
ジンの質問には答えず、キアランは黙ったまま車に乗り込んだ。
かつて、叩こうなどと手すら振り上げられたことのない頬を、まさか二日続きで二回も叩かれるとは思ってもみなかった―――しかも、会ったばかりの、自身とは無関係な位置で因縁を持つ女性に。
キアランの周囲には、それこそ性格の良い女性ばかりが集まっていたわけではない。
しかしそれでも、社交界に生きる身として、面識の浅い男性に手を上げるような女性など居なかった。
味目もよいキアランの莫大な財産、地位、家名を求めて群がる浅ましい者ならば腐るほど居たが―――。
『今すぐ死んでこい、ボケナス』
智純は、キアランを殴った後、低く吐き捨てるようにそう唸ったのだ。
キアランは二度目の平手に呆然とし、「ぼけなす」の意味を考えた。
しかし一度冷静になれば、身を焦がすのは理不尽な智純に対する怒りでしかない。