ラヴレス







智純の返事は聞かず、キアランは智純を引っ張ってそのまま車に押し込めようとした。

そこでハッとなり、智純はキアランの腕を振り払う。

そのまま車から離れ、作業員達に好奇の目を向けられながらキアランを睨み付けた。



「仕事中。ふざけんな」

行かない、と拒絶した智純に、キアランは苛立ったように片眉を強ばらせた。


「…来てくれ。大事な話がある」

キアランにも解ってはいるのだろう。

しかし、事態は切迫していた。
自分から距離を取った智純を、キアランは次は逃さない、と掴まえようとした。

ふざけんな、と素早く伸びてきた長い手に智純が抵抗する。



「…待ちな」

しかし智純の腕をキアランが掴んだ瞬間、彼が智純を車内に放る前に声を掛けた人物が居た。

ずんぐりとした体型に禿げ頭、肩の盛り上がりから、実写版ポパイのようだ。
捲られた作業着の袖から覗く左腕には、びっしりと皮膚を覆う龍の刺青が見える。

手にはトンカチ。

智純が先程話し掛けた親方である。

あの高さの足場から、こんな短時間で降りてこれるなんて流石だ、と智純は場違いに感心した。

腕は勿論、キアランに掴まれたまま。





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