ラヴレス
「…お前さん、誰だい。日本語は解るのか?」
親方は落ち着いた声でキアランにそう話し掛けた。
それを合図に、親方の一番弟子が野次馬と化していた作業員達を仕事へ戻す――再び、トントンカンカンと、小気味良い音が響き始めた。
「…アナベルト、と言います」
キアランは名前を伏せた。
大した意味はないのだろうが、親方の問いに応えながらも智純の腕は離さない。
「…ちい坊、お前の知り合いか?」
ちい坊とは、職場での智純の呼び名である。
親方の真っ直ぐな視線を注がれ、智純はバツが悪そうに唇を噛んだ。
ちがいます、と言えたらどんなに良いか。
「…赤の他人に近い知り合いです」
ただ肯定するのも悔しかったのでそう言うと、今度は親方が顔をしかめた。
「回りくどい言い方すんじゃねえ」
「すんません」
智純は素直に謝った。
やはりまだ、腕は掴まれたままだ。
「…で、兄ちゃんよ」
先程聞いた名前は忘れたらしい。
親方はポケットから煙草を取り出し、ゆっくりとした動作で火を点けて一服した。