ラヴレス







智純よりなにより、智純がなにを犠牲にしようと、「彼」を優先させたいに決まっている。

キアランの真剣な眼差しが、智純の心臓を軋ませた。

肉親が病魔に冒され、衰弱していく様は、智純の記憶に生々しく刻まれているからだ。


(…あの時の私も、母さんが元気になってくれるなら、誰が不幸になったってよかった)

それが赤の他人でも、自分自身でも。

キアランの思い詰めた想いは痛いほど解る。





「…早く君を連れて帰らなくては」


―――解るが、今の智純が「家」を捨てられるわけがない。
キアランの決意するような言葉に、智純は眉を顰めた。


「…ふざけないで。私にはじいさんもばあさんも、子供達も居る。私が働かなければ、生活が尚更苦しくなるんだ」

そんなことは承諾できない。
金や生活云々の問題でもなかったが、それでもそれが現実だった。

休む暇も惜しんで働きに出る智純の収入がなければ、「こころの家」は貧困に苦しむだろう。

今でさえ、なんとかギリギリの生活をしている。

国からの援助など、大した助けにもならない。

大好きな家族だからこそ、母や自分を苦しめた貧しさなど味あわせたくなかった。






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