忘れはしない
だが、俺の心配は杞憂におわる。

いきなり、早紀ちゃんが笑いだしたのだ。

お腹を抱え、苦しそうに悶えている。

俺はただ、それを呆気にとられたように見ていることしかできなかった。

ほんとに、どうしたんだ?

ひとしきり笑い終えたのか、すいませんと言い、姿勢を正し、俺に向きなおす。

「はぁ、苦しかった……。すいません、また思い出しちゃって」

「いや、いいんだけど。何がそんなにお可笑しかったの?」

ちょっとびっくりしたのは言わないでおく。

「それはですね。鏡に映ってた、自分の顔がとっても変だったからです」

「……はい?」

「なんていうか、ほんとひどかったんです。瞼は赤いし、顔は涙でぐちゃぐちゃだし、鼻水は出てるし。その上、引きつった笑顔なんですよ」

想像してみた。が、早紀ちゃんのそんな姿は、一向に浮かんでこなかった。

「思いっきり笑いましたよ。両親が、びっくりして飛んでくるくらい、大声で。それでも、笑い続けてましたけど」

それは、びっくりするだろう。

姉の葬式の夜に、その妹が鏡をみて、一人で笑っているのだ。

「怖いですよね」

そう言って、彼女は笑うのだった。

さすがに、うんとは言えず、苦笑するしかなかったが。

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