忘れはしない
「ねぇ、きょうすけくん」

真っ暗な世界が広がっている。その中で響く、声。

……きょうすけ?


「きょうすけくんってば」

あぁ、俺の名前だ。きょうすけ。


「ねぇってばぁ」

俺を呼ぶ声。俺は、この声を知っている。


「…ゆう…き?」

ぼぅっと、暗闇の中に、優希の姿が浮かび上がる。

ただ、その姿は、今の優希よりだいぶ幼かった。

小学校の低学年くらいだろうか。ランドセルを背負い、黄色い帽子をかぶり、愛くるしい笑顔を俺に向けていた。


「ほら、早くしないと置いていっちゃうよぉ?」

どこに…、どこに行くんだ?学校か?すぐに用意するから、だから、ちょっと待ってくれ。

しかし、優希は、俺の声が聞こえていないのか、後ろを振り向き駆け足で遠ざかっていく。

その、後ろ姿があまりに儚く、今にも消えていきそうで。

気がついたら俺は叫んでいた。


「ま、待ってくれよ!?置いていかないでくれ!俺を、一人にしないでくれ!俺は……、俺はっ!」

なぜか涙があふれてくる。理由は、わからない。わからないけど、なにか、大切なものを失ってしまいそうで。

声が届いたのか、優希は、立ち止まって俺のほうを振り返り、……笑ったんだ。

ひどく、寂しそうな顔で。

そして、今度はゆっくりとした足取りで、俺から離れていく。

追いかけたい。今すぐ、追いかけて行って、行くなと抱きしめてやりたいのに……。

足は、1ミリだって動いてくれない。自分の足ではないかのように。

俺は、その場に立ち尽くし、ただただ泣くことしかできなかった。



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