月花の祈り-宗久シリーズ小咄3-
それが未だ昇っていない。

これには、何か理由があるのだ。



未練、恨み、憎しみ……それぞれだが、貴志君の場合、それらはあてはまらない感じだ。


まだ勘の段階だが。






「それにな、薫も貴志を見たというんだ。薫が見たのは、庭でだ。庭の木の下で貴志が立っていたと」

「木……」

「俺と薫が見た場所は違うが……どちらの貴志も、頭から水を被った様に濡れているんだ……」





語る先輩の肩が震えている。



「貴志はまだ……川の中にいるんだろうか……あの…冷たい水の中に…」



詰まる言葉、掠れる声。




「俺が貴志を………掴んでいれば……」



フロントガラスを見つめる先輩の横顔、その痩せた頬に、透明な雫が顎へと流れていく。



後悔……無念……。





川面に浮かんでは沈む、小さな手。

愛する息子の手。


先輩は、掴もうとしたのだ。

自分を呼ぶその手を、握りしめようとしたのだ。



だが、冷たい川の流れは、愛する者を飲み込んでいった。

父親の目の前で……。




ついさっきまで、傍に居たのに。

笑いながら話していたのに。

お父さんと呼んでいたのに。
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