月花の祈り-宗久シリーズ小咄3-
「貴志…」

「貴志…貴志!」




月の光に薄れていく、貴志君の小さな身体。


その身体に先輩は…父は右手を差し延べる。





小さな手。

あの時、掴めなかった愛しい手。






掻き消えていく瞬間だった。






貴志君の手が、父の手を握る。






触れる事は二度と無い、父の手と息子の手…。





それは、月の光が見せた幻影なのかもしれない。






だが、確かに心は繋がれている。


確かに、繋がれている。





僕はそう確信した。












握り締めていた両手を広げ、僕は椿の覚悟の思いを空間へ放つ。




小さな椿の花だ。

貴志君の為にだけ咲いた、椿の花だ。





放たれた覚悟は、花びらを舞わせながら地面へと降り落ちる。


薄絹がたゆたう様に。



そうして月光に溶け、貴志君の魂を連れ立って消えた。






徐々に光に包まれていく庭。


椿の細い影が地面に伸びていく様を見つめ、僕は空に視線を移した。









貴志君。


君の優しさは、これからも家族の中で芽吹いていくだろう。

春には、花を咲かすだろう。
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