-短編集-『泡雪』
――彼女は最期が欲しいと言った。
だけど、どうしてあげる事が『最期』なのか僕にはわからないから、
計画した阿寒湖旅行も、湖には目もくれず林を目指す彼女に
ただ、ただ
僕は着いて行くしかなかった。
「湖が見たかったんじゃないの」
「うん。みたかった。だけど、もう見たわ。底まで」
彼女の、鮮やかな紅葉色のコートが、真っ白な雪の中を行くと僕は、
もう何も話せなくなって
深緑色の手袋を脱いだんだ。
彼女の手をとるために。