僕の初恋(仮)
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平日の昼過ぎのカフェは寂しい程に空いている。
スタッフも、混雑時が過ぎ去った2時頃に合わせて数名上がる。
すっかり表の仕事は覚えきった志乃は、店長と二人でカウンターで一息ついていた。
コーヒーの香りが好きな志乃は、あちらこちらから漂う店内の居心地が良くて堪らない。
チリリン
店の扉が開く音がして、いらっしゃいませと声を上げて目をやれば、暫く見ていなかったあのヒトであった。
スプリングコートを手に持ち、急いでいたのか、少し暑そうにワイシャツの襟元を緩めている。
「カフェラテをトールサイズで」
「はい、400円になります」
丁寧にお金を受け取って、レジを済ます。
既に背後でコーヒーの入れる音がする。
そのヒトは何処に座ろうかと店内を見渡している。
志乃は男の左手を見やった。
持っている、やはり今日も花を持っている。
「お待たせ致しました、カフェラテのトールサイズでございます」
笑顔で手渡せば、ありがとう、と同じく笑顔を返されカップを手に取った。
ちょっとだけ手が触れたのに気づいたのは、私だけ?
男の背を見つめる志乃の心の中で、そんな言葉が浮かんで消えた。
男は隅のカウンター席に腰掛けて、ふう、と一つのため息を漏らした。
きっと何処かの会社員なのだろう。
子供染みた若者の雰囲気は既に無く、全くの大人の空気を携えている。
あの花は、彼女へのものかしら。
志乃は我を忘れて男の背を眺め続けた。
この時志乃は自覚をしていた。
自分がこのサラリーマン風の男に気があることを。
それは、大学生にはない大人の雰囲気を持ったからなのか、花を持っているからなのかはわからないが、兎に角この風体でこの声音で必ずカフェラテを注文するこの男が自分は好きなのかもしれない、という事だけは感じていた。
何故、数多の大人の男性からこの男に気が向くのか。
それは恋の不思議というもので。
世の中には言葉や形ではっきり表せることばかりではない事を物語っているのが、出会いと恋だ。
チリリン、と鈴が鳴って、新たな客へ店長が挨拶する事でようやく我に返る志乃であった。