夢の住人
夢の住人 六
無力だった。
テレビ番組の早押しクイズのような速さで受話器を置いた。
慌てて置いた受話器は、ボクの心のように、ガタガタ音をたてていた。
男の声だった。父親?
違う意味でドキドキしていた。
初めて万引きをした中2の初夏のように罪悪感だけがボクを、まだ、追いかけ続ける。
布団に丸まり、運命に負けたと思った。
しかし、今思えば、当時、着信履歴なんて物が無くて良かったと思う。もし、あったら、考えただけでゾッとする。
どれくらいたっただろう・・
気持ちが少しづつ落ち着いてきた。
もう、ボクの中の罪悪感と妄想の彼女の父親は追いかけて来なかった。
ラジオを乱暴に消して眠りについた。
「おはようございます!」
「おはよう」
翌日、何事も無く、幸せの朝のひとときは訪れた。
時刻8時前後。
もう待ち伏せも慣れたものである。
彼女は学校に遅刻するような女の子ではない。定時ぴったりにこの道に姿を見せてくれる。
「すみません!!」
ボクは突然、挨拶以外の言葉を彼女に向けて発した。
さすがに驚いたのだろう。彼女は急ブレーキをかけて、キョトンした瞳でこちらを振り返る。
「あの、友達として、今度、電話してもいいですか?」
今思えば、突然、その質問をされて、彼女の性格上、嫌とは言えなかったのだろう。
「いいよ」
と答えてくれた。
鵜呑みにしたボクは嬉しさを隠しきれずに
「ありがとうございます!!」
と言いながら、隙を与えぬように少しその場を離れて、こう続けた。
「今週の土曜日に電話します、じゃあ!!」
彼女を毎回見送るボクが今日に限っては、彼女に見送られながら、その道を立ち去った。
彼女からボクが見えなくなった。
心の中で「勝った!勝った!」と叫び続けた。
ボクは運命に勝った!逆らってやった!