夢の住人
夢の住人 九
誰もいない部室で
制服から胴着、袴に
着替える。
竹刀片手に第2体育館へと歩を進ませる。
この姿になると弱虫のボクは消えて無くなり、ひとりの武士に生まれ変われる気がして、身が引き締まる。
いじめられていた中学時代。
ボクは剣道部の部長だった。
そんな時、練習中、道場に不良グループが入って来た。
しかし、ボクは逃げる事なく、不良グループに向い
「練習中だから、出てってくれないか」
と言い切れた事がある。
普段のボクでは言えない言葉。
ボクは道場でふざけられるのが許せなかった。
それだけ、プライドを持って取り組んでいた。
高校に入ると練習の成果も出始め。
ボクは団体戦では大将を任せられるぐらいまで強くなっていた。
授業はさぼっても、剣道だけは絶対にさぼったりしなかった。
努力すれば報われる。剣道はボクにそれを教えてくれたからだ。
しかし、今日のボクは何処か、地に足がついていないような感じだ。
誰もいない体育館の
中央で大の字になり、大きく深呼吸をする。
防具室から漂う剣道独特の悪臭が、もうボクには、慣れていて。
時々、今日みたいな日には、いい臭いにさえ感じる。
授業が終わったのだろう。在校生達のざわめきが遠くで聞こえる。
ボクは精神を集中しようと、正座をし黙想を始めたが、今日に限っては、瞳を閉じても、無の境地には成れない。
彼女の姿が浮かびは消え、浮かびは消えの繰り返し。
ボクにとっては、今日は決戦の日。
後戻りはできない。
恐れてはいけない。
ここまで来たのだ。
決戦の時刻はすでに決めている。