夢列車
だが沈黙はわずか。

翔はゆっくりと口を開いた。

「とりあえず、歌詞を完成させることですね」

「じゃあ、作詞家になるの?」

「……たい、とは思ってます」

「凄い!」

格好良い。

恥ずかしそうにとはいえ、自分の夢を持っている翔を私はそう思った。

勿論、私だってまだ花も盛りの10代、高校2年生。やりたいことも、夢もある。

例えば、大きなことを言えば芸能人になりたいだとかだ。

そんなのでなくても、東京で暮らしたいみたいな小さいものまでいろいろある。

だが、それを夏休みの旅行先まで持っていくかと問われると、正直、ノーと言わざるをえない。

おそらく翔にとって作詞家の夢は常に頭に意識されていることなのだ。

携帯やらゲームやら一人で時間を潰すのに事欠かない今の時代。わざわざ列車の中でも歌詞について考えていたのだ。

そうでなければ、こんな朝早くから歌詞を書いた紙を手持ちのまま列車から降りてくるもんか。

「作詞家かぁ。凄いよ、ホント」

尊敬の眼差しを向ける私に、翔は苦笑いを浮かべる。

「凄いのはなった人ですよ。夢は誰でも見れますから」

「えっと、そうだね……」
私が翔に持っている劣等感をそのまま返されてしまった。

翔は無意識だろうが、その言葉は私の心臓をえぐる。

翔が凄くなければ、その下の私はどうなるのだろうか。

そう落ち込んだ私に翔はすぐに気付いたらしい。

優しげに私に微笑みかけた。

「梨花さんは違いますよ」

それは、まるで抱き締められたときのような温かさがあった。

「梨花さんぐらいのときは、いろんな夢を見た方が良いですよ」

「そう、なの?」

「夢だけじゃない。やってみたいと思ったことはなんでもやってみるべきです」

「どうして?」

私は問う。

翔は静かに答えた。

「――弱くなるからです」
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