夢列車
「よかったらどうぞ」

彼はひどく落ち込んでいた。

どうも私が列車に乗れなかったことを自分のせいだと思ったらしい。

私は駅の数少ない設備を利用することにした。

代金と引き換えに保管している商品をくれる自動装置で、密封された円柱の金属容器に容れられた、冷却済みの甘味の強い飲料水を購入した。

ぶっちゃけると、自販機で冷たいジュースを買ったと。

それをベンチに座った彼は、ひどく申し訳なさそうに受け取った。

私は内心緊張しながらも、それを隠して隣に座る。
ジュースを飲むふりをして横目でこっそり彼の様子をうかがった。

艶のある黒髪。女の私から見ても羨ましいほどサラサラだ。

指揮者のような服装が、気品さえ感じさせる。

それでいて、嫌味を感じない。しかもか弱い印象もない。

お坊ちゃんのようでありながら、たくましい男性を感じる人だった。

私は再び頭に血が上り始めた。

「すいませんでした。僕のせいでご迷惑をお掛けしてしまって」

「へっ?」

声が裏返る。

突然言われてどきっとした。

盗み見ていたのに気付かれたかと思った。

慌ててその場を取り繕う。

「あ! いえ! どうせ早く来すぎて時間をつぶさないといけなかったんです!」
両手を振って誤魔化す。胸の高まりが抑えられない。

私は話題を変えることにした。

「それよりも、良いんですか? ずっとこんな所にいて?」

「ええ。特に用事もありませんし、せめて次の列車が来るまでここで待たせてください。勿論、あなたが構わないなら、ですが」

そう言って彼は微笑んだ。

ハスキーな澄んだ声が耳に響く。

それだけで、私の鼓動が、トクントクンと高まった。

本当はそこまで気に病んで欲しくはないのだ。

そもそも乗り損なった原因は、私がぼぅっとしていたことだ。

ぼぅっとしていた原因自体は確かに彼のせいではあるが……。

だがそういったことは絶対に口にしない。

だって黙ってれば、次の列車までこうしていられるんだから……。
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