君が笑うなら
…――次の日の朝。
爽やかな鳥のさえずりを、
バイク音が掻き消した。
病院が開く時間ちょうどに、
自動ドアを開ける。
いつもと違う時間に行ったのは、
相原舞に会わないため。
それと…、
一刻も早く、
槙原直樹の顔を見たかったのだ。
「…おい」
眠り続けるかつての親友に、
伸也は語りかけた。
「…お前、損してる」
伸也の頭の中に、
直樹の言葉が駆け抜けた。
『できることなら
かわってやりたい。
おふくろさんのことも、
親父さんのことも、
お前は全然悪くないのに』
「俺みたいなのほっとけばよかったんだ
俺の過去なんて見て見ぬふりしたらよかったんだよ
それなのに
バカみてーに涙流したりして」
『お前は本当は優しいって
俺は知ってるんだ…
もう、俺しか知らないんだ』
「俺はお前が思っているようないい奴じゃない
優しいのは…お前だ」
冷たく閉ざされた心が溶けるかのように、
伸也の目からは暖かいものが零れ落ちる。
「なんでお前が
俺のために指切んだよ」
直樹の指を見た。
指切らなきゃ解放されないような
そんな組織に入ってなかったからよかったものの。
どのくらいの覚悟だったろうか。
そう思うと胸が軋んだ。
「なんでお前が
手切れ金なんて払うんだよ」
ポケットから剥き出しで出した
早瀬の財布から奪った3万を、
伸也はベッドに叩きつけた。
直樹が独り暮らしで、
生活費にさえも四苦八苦していたことを
伸也は知っていた。
「なんでお前が
そこまですんだよ…」
ベッドに崩れるように跪き、
直樹の手を握った。
伸也の肩は小刻みに揺れ、
やがて静かで真っ白な病室に
もがくような嗚咽がこだました。