Bremen
ジャラララン……
もう一度椅子に座り、おもむろに足を組んでギターを構えると、若者は慣れた手つきで演奏を始めた。
その指が弾き出す情緒的で美しいメロディーは、たちまちその場に居た全ての人々を魅了した。
「あ……ああ………」
若者に突き飛ばされて床に尻餅を着いていた男も、二人のやり取りを困惑しながら見ていた店の娘も、店内で食事を楽しんでいた他の客も、若者が奏でる曲に胸打たれて自然と涙を流していた……
演奏が終わった時、
「お、俺が……
俺が悪かったよぉ……
ゴメンな、姉ちゃん。
ちゃんと音貨を払うから、許してくれよぉ……」
「い、いえ………
こちらこそ音貨が足りないなどとお客様を蔑んだことを言ってしまって、大変申し訳ありませんでしたっ!」
店の娘と無法者の男は、涙を流しながら互いの手を取り合って謝罪しあっていた。
それを見た若者は、
「お姉さん。
今の演奏、その男の足らなかった音貨と、俺の食事代ってことにしておいてくれ。
御馳走さん」
再びギターを背負い、店を出ようとする若者に、
「お客様、ありがとうございました。
今の演奏、もしかして貴方様は………『奏者』では?」
『奏者』という言葉に一瞬反応して振り返った若者だが、
「さあな……」
再び前を向いて歩き始めた。
その背中に娘がもう一度問う。
「せめて……
せめて名前だけでも聞かせてくれませんか?」