春。[短編10P][ホラー]
「ママ、落ち着いた? ママは時々混乱してしまうの。私のこととか忘れてしまうの……」

 少女は私の目を見つめたままだ。私は口を開こうとする。

「気にしないで、私はいいの。大丈夫よ。私……珪夏は大丈夫よ。ちょっと疲れているだけ、パパがそう言ってたわ」

 けいか、とこの少女は名乗った。


「ママはお家のこと一生懸命やって大変だもの。疲れちゃうよね。珪夏ももっとお手伝いしなくちゃいけないのに、ごめんね。ママ」

 私の言葉を遮り、少女が寂しげに言う。その表情に少し胸が痛む。



 私は疲れている……?


 そうだ、疲れている。毎日感じていたではないか。少女…いや、珪夏の言う通りだった。



「けい……か……」

 私が呟くと、珪夏はパッと表情を明るくし、抱きついてきた。

「ママ! 良かった!」


 抱きしめ返しながら考える。私は珪夏の母親。どうしたのだろう。こんなに大きな子どもがいるのに、記憶にない。


 まだ頭がはっきりしていないようだ。少し頭痛がする。

「ごめんね珪夏、ママ、まだ少し混乱してるみたい」

 珪夏は少し微笑んで、いいのよ、と言いながらソファに戻った。

 この子が娘の実感が沸かない。体も重い。やはり疲れているようだ。


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