春。[短編10P][ホラー]
 21時を少し過ぎた時、カチャリと鍵の開く音がし、続いて玄関のドアが開く音がした。


「ただいま~」


 明るい声が玄関から聞こえてくる。利典が帰ってきたようだ。


「いやぁ、今日も疲れた疲れた」

 独り言を言いながら、トントンと廊下を歩いてくる。



「パパの声、無理やり作ったような声ね……」

 珪夏が悲しそうに呟く。


「そうね」

 本当に。言われてみるとその通りだと思う。


「毎日毎日、残業なんてしてないのに。いつもどこへ行ってるのかしら……」

 珪夏が悲しそうに玄関の方向を見つめる。どこに行ってた……? そう考えた途端に電話越しの女の咳払いが聞こえた気がした。
 利典、毎日きっかり二時間も……どこへ行っていたというつもり? 残業だなんて言って。分からないと思ってた?



「パパったら私達のこと……」



 珪夏はそこまで言って俯く。



「騙してたのね」




 珪夏の言葉の続きを私が言う。自分の声の低さに少し驚いた。トントントンと耳障りな足音がこのリビングに近づく。





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