COLORS【藍】 藍暖簾 (with響紀様)
土産話が何か気になり、女将はカウンターの中から身体を半身乗り出してきた。
「藍子さんが一人になって、もう20年くらいだろ?」
「そんなに経つかい。忘れちまったよ」
年を勘定されたものと思いプックリと頬を膨らませている。
女はいくつになっても可愛いらしく羨ましい限りだ。
「もう十分じゃねえか?此処等でまた色恋の話の一つや二つさ――」
「何言ってるのさ。アタイの恋人は唯ひとり――」
「この店って言うんだろ。解ってるさ」
「分かっているじゃないかい。なら、その話は終わりね」
女将はおでんに視線を戻した。
「つれない事言いなさんな。熱燗もう一つ頼む」
ゆっくりとお猪口に注ぎ笑顔で女将を見守る姿。
まるで、我が娘を愛でるような瞳だ。
「そろそろ、いい時間なんだけどなぁ?」
男は、腕時計をチラリと見ては首を傾げていた。
それから暫くの間、男は黙り込んだ。
―ガララ
扉が開いたと同時に冷たい細雪が舞い込んできた。
「驚いたねえ、こんなに降っているとはねえ」
「あの、此方に如月さんはいらっしゃいますか?」
「いらっしゃい。如月? ちょっと待ってな」
それから女将は『如月さんはどなた?』と伺ったが、名乗りを出してくれる人はなかった。
「そんな雪だるま見たいに戸口に突っ立ってないでこちらへどうぞ」
雪だるまか。
たしかに頭に降り積もった雪に、ベージュ色したコートの上に巻かれたマフラーすらも白くなっている。
それに加えてカチコチに固まった姿は、女将の言うように『雪だるま』と呼ばれるのが相応しい。