高岡充
キス
まだ携帯電話の出回ってない時代。

高岡は学校の終了のチャイムの音と同時に
どんな悪ガキよりも早く
ダッシュで電車に飛び乗った。

自宅の最寄り駅に着いて
なんとなく
はやる気持ちを押さえ

ニヤつく自分の口元を
押さえ

駐輪場から
競輪選手なみの速さで
自転車をこいで帰宅した。
すごい勢いで玄関の鍵を開け
すごい勢いでかばんを放り投げ

しかしまたかばんを拾い上げ
勉強机の上に置き直す。

「これでよし。」

今日は特別。
結花が来るかもしれないのだ。
俺の彼女の結花だ。

高岡は浮かれる気持ちが押さえられなかったが
すぐに冷静になった。

机の上には
いつも通り
母親からの手紙が置いてある。

『みっちゃんへ。おかえり。夜勤に行ってくるね。フライパンにチャーハンの具が炒めてあるからゴハンが炊けたらまぜて食べてね。お母さんより』

メモを手にとったまま
フライパンをのぞきに行く。
小さく刻んだ様々な野菜と
大好きな挽肉が味付けして炒めてあった。

「さすが。かーちゃん。」
親指だけをたて
フライパンに向ける。

炊飯ジャーの予約がしてあるのを確かめてから
冷蔵庫から牛乳を取り出してパックのまま
ガンガン飲んだ。

バタン、と冷蔵庫のドアを閉め、
親指だけをたて

「これでよし。」

満面の笑みを
冷蔵庫に向けた。



「こんにちわ~。」

引き戸の開く音がする。
結花がうちへやってきた。
高岡は
手に握っていた母からの手紙をまるめて
ゴミ箱へ投げたが
慌てていたので外した。

ちっ。

でも今日はノーコンな俺を許す。

牛乳で形づくられた
くちひげに気付かないまま
突然の来客への驚きと
歓喜で目を丸くして
玄関へ走った。

「いらっしゃい。」

冷静を装ったが
高岡のくちひげは
結花を笑顔にさせ

そのあとの
二人のファーストキスは
牛乳の味がした。
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