ゲイな彼と札束

河川敷から道に戻り、橋を渡って約10分。

あたしと親父が住んでいたアパートは、以前と変わらずそこにあった。

夕方の遠慮がちな日光に照らされており、なんとも言えない哀愁と懐かしさが込み上げる。

3年半ぶりだ。

晩秋の冷たい空気が沁みる。

あたしと親父が住んでいた部屋の物干し竿に、見慣れない服がかかっている。

郵便受けの名前も瀬戸ではない。

親父の原チャリもない。

理解はしている。

親父のいないここは、もうあたしの帰るべき実家ではないと。

……でも。

もしかしたら。

足がゆっくり扉に向かう。


扉まであと数秒というところ。

中から赤ん坊の泣き声が聞こえ、ハッとした。

泣きそうになったあたしは、踵を返した。

あたしは一人だ。

親父も男もマモルもいない。

これからは自由気ままに、今の穏やかな生活を続けていこう。

懐かしい友人とも再会できた。

これまでの人生、堪えてばかりだった。

これからはきっと、変に欲張りさえしなければ、平穏な日々を送れるはずだ。


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