ゲイな彼と札束

「先生、瀬戸さん意識戻りました」

看護師がそう言うと、医者らしき男がやって来た。

体が動かせないのは、あちこち固定されているからだった。

ずっと動いていなかったからか、背中や腰も痛い。

あたしは一体、どういう状態なのだろう。

とりあえず、五体満足で生きてはいる。

話によると、あたしは川に流されているところを通行人に発見され、通報を受けた警察や消防隊に救助されて救急車でここへ運ばれた。

左足と肋骨にヒビが入っているため、ギブスやコルセットで固定されている。

折れてはいなかったのがせめてもの救いだ。

全身を冷たい川の水に浸していたため体温が低下しており、発見が遅れていたらおそらく命はなかったとのこと。

現状でも脳への影響が何とかかんとかで、念のため検査が必要だとか。

こんな状態で難しいことなど頭に入らなかった。

とにかく、あたしは生き延びた。

今はそれだけわかれば十分だ。

「ほんと、生きちょって良かったわぁ。こんなことになるなら、すぐに警察に連絡しておけばよかった」

見舞いに駆け付けてくれたママが、あたしのために泣いてくれた。

「お店、長く休むことになって。ごめんなさい」

長く休むと言ったが、あたしはこのまま辞めるつもりだ。

あたしが働いていたら、また同じ事が起こらないとは限らない。

これ以上、迷惑はかけたくない。

「いいのよ、そんなこと。早く良くなってね」

ママも先輩も常連のお客さんも、あの店では笑って過ごしてほしい。

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