ゲイな彼と札束
「つーかお前、どうしてこっちに戻ってきたん? 東京におれば、殺されかけて病院送りにされることもなかったやろ」
殴られたり蹴られたりすることは何度もあった。
だけど、確かにここまで酷くやられたことはない。
騙されて怪しい荷物を運ばされたり、病気をうつされたり、嫌だというのに妊娠させられたりはした。
辛かったけれど、ここまで痛くはなかったし、逃げる間もなく殺されそうになることもなかった。
「都会に疲れて地元が恋しくなっただけ。まさかこんなことになるとは思わんかったし」
言ってギブスの左足を上げる。
「疲れるかもしらんけど、ここより暮らしやすいんじゃん? 都会やし」
あたしたちみたいな社会に溶け込めない人種をあからさまにつま弾きにする田舎より、同種が多数おり、コミュニティが確立されている都会の方が暮らしやすいのは確かだ。
田舎の不良は仲間意識と結束力が強いし、一度でも地元を捨てると戻ったときに暮らしにくくなることは、身をもって体験した。
「まあね」
「あっちでも何かあったんか?」
「何かって、まぁ、逃げてきたみたいなとこはあるけど」
でもそんな大袈裟に考えないでほしい。
「何をやらかしたん?」
逃げる=悪いことをした、という考えが先に立つのは、あたしたちみたいな人種の悪い癖か。
自分たちがいかに愚かだったか思い出して、苦笑いが漏れた。
「違う違う。何も悪いことはしてない。ただの失恋」
「失恋?」
「うん。好きな男に振られて、辛くなって逃げてきた」
マモルの顔を思い浮かべると、胸がツンと痛みだす。
元気にしてるかな。
あたしが出ていって、また誰かと暮らしているのだろうか。
「はぁ……。お前はその程度で逃げるんか。めんどくさい女やな」
より呆れた顔をするヒロキ。
「別に、それだけじゃない。いろいろタイミングが重なって、ちょうどいいかなって思って勢いで帰ってきた」
「勢いって……」
ヒロキはますます解せない顔をする。
あたしはまた笑って、マモルの記憶を掘り返す。