ゲイな彼と札束

もう一度よく周りを見渡してみる。

やはりそれらしい男は見当たらない。

「東京行きのお客様へ、機内へのご案内を開始いたしますーー」

あたしはゲートを離れて、東京行きの搭乗口が見える場所まで移動した。

ガラスにへばり付いて人の列を眺める。

顔まではハッキリ見ることはできないが、マモルなら、夏から劇的に変わっていない限り、後ろ姿でも一目見てわかる。

マモルらしい男はいない。

人はスムーズに機内へと流れている。

こんな片田舎でも、飛行機を利用する客は意外に多いらしい。

あたしは最後の一人がいなくなるまで列を見つめていた。

しかし、結局マモルを見付けることはできなかった。

あたしがここを覗く前に乗ってしまったらしい。

スウェットに松葉杖。

札束と携帯だけを入れた小さなバッグ。

退院したばかりで当然ノーメイク。

情けない自分の姿を客観的に見ると、この上なく恥ずかしい。

それでも、アザを晒して新宿を歩けるこのあたしだ。

顔以外の傷は隠れているし、あの時よりずっとマシ。

あたしは意を決して松葉杖をついた。

< 176 / 233 >

この作品をシェア

pagetop