‡月と野良犬‡

幾ら吠えたって、貴方は応えてくれない。

私が汚いから?


「かわいい!わんちゃん!!ほら、お母さん!雑種のわんちゃんだよ」

ヒトは、みんないろんな顔をする。
この女の子の表情は好き。

「ダメよ。野良犬じゃない。汚いわ」

この女のヒトの顔は苦手。私を冷ややかに見ている。
悲しいな。
また汚いって言われてしまった。

女の子が一瞬だけ眉を下げて小さく返事をする。
女のヒトに駆け寄って、ふたりが手をつないで歩いていくのを見送る。
もう会うことはないだろう。
こんな些細な出会いなんていつもの事。

寂しいとか、自分を可哀想とか思っていない。
だけど貴方に私の声が届かないのが、少しもどかしい。


「ねぇ…」

暗い公園。
人通りの少ない場所。
私は貴方に声をあげる。

何度も、何度も、鳴きわめく。
途中でヒトに石を投げられたり、うるさいと怒鳴られても私は負けない。

「ねぇ…」

まん丸な今日の貴方はすごく美しい。
日に日に変わる姿も光の加減も、表情も全部いとおしい。

「ねぇ、貴方をこんなに呼んでいるのに。何で返事をしてくれないの?」

私は空を見上げながら目を細めて泣いた。

「私に名前はないから自己紹介が出来なくて、ごめんなさい」

汚れた足、乱れた毛並、貴方は私を醜いと思うのかしら。
貴方みたいに美しく輝けたら、名前を教えてもらえるかな。

「ねぇ。今日のあなたはとてもまぁるいね。今日は、清々しい気持ちだわ」

答えない。知ってる。

私は、ゆっくりと歩き出した。
ヒトが作った大きな堅い建物を通り過ぎれば、また貴方に会える。

貴方は暗いところが好きなのね。
明るい時にはいないから。

私も暗いところが好き。
ヒトも少ないし、この汚い姿があまりわからないから。

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