‡月と野良犬‡
「おお、かわいい犬だのぅ…」
貴方が消えようとした時、後ろから声がした。
振り返ればボロボロの服を着た年をとったヒトが私の頭を撫でた。
「洗えば綺麗になりそうだの。美人さんじゃ」
私は目を点にして、そのヒトを見上げた。
私がいつも貴方に言ってた「綺麗」を初めて言われて驚いた。
「お前は、いつも空を見て鳴いておるの」
不思議な表情。
哀しくもなく寂しそうでもない。でも、楽しそうでもない。
だけど笑っている。
ヒトの不思議な表情。
「お前は月が好きなのだなぁ」
頭をぐしゃぐしゃにかき回してくる。
「月」とは?
「ほらほら。もう沈みかけておるが今日は満月だったのぅ」
月が貴方の名前?
私は、年をとった男のヒトにすり寄る。
貴方の名前が月。
凄く響きのいいお名前。
「貴方の名前は月というの?」
私はまた空を見上げて鳴いた。
もちろん貴方は応えない。いつも通り。
でも貴方の名前を知れた。
私は幸せ。
「ねぇ、月さん。私はあなたがダイスキ」
私は小さく、聴こえないように鳴いた。
届かない声。届かない願い。
もし翼があれば、貴方に会えるかしら。
会うときは、きちんと洗って会いに行きます。
ちゃんと自己紹介するために。