楽描屋ーラクガキヤー
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 ベレー帽の少女が向かったのは、立派な作りの応接室だった。
 部屋の前には執事とおぼしき人物が控えていたので、すぐにその部屋を見付ける事が出来たのだ。
 彼女はノックもせずに部屋に入るが、しかし誰もその行為を咎めたりはしない。
 部屋にはユウナとユージンがふかふかのソファに腰掛けていたが、どうやら一悶着あった後のようだった。
 ……過去に何度か同じような事があったため、彼女にとっては予想の範囲内ではあったのだが。
 それはユウナも同じであったのか、その顔を限界まで引きつらせている。
「〝楽描屋(ラクガキヤ)〟とは、ユウナ君、君の事ではないと言うのだね?」
「はい。楽描屋は、もーちゃん……こっちの方です」
 そう言って、ユウナはヒョイとベレー帽の少女を抱え、自分の膝の上に座らせた。
「らくがきや屋の〝もめ〟だ。ユウナは絵もかけるけど、ヘタッピではないけれど、ホントは文を書くほうが専門だ。ユウナの詩は、とても助けになる」
 もめと名乗った彼女は、えへんと胸を張る。
 もめが背負っている大きな木の板がユウナの鼻先を掠め、彼女は少しだけ迷惑そうに眉を寄せた。
 要するに、こういう事だ。
 ユージンは楽描屋に絵の依頼を出す為に屋敷へ招待し、しかしずっと詩人ユウナの事を楽描屋と思い込んでいたらしい。
 本物の楽描屋が、オマケのような幼児の方だとも知らずに。
「……つまり、マフィアのアジトに真っ赤なペンキを塗りたくったのも、世紀の発明と言われている第四機関(イーサエンジン)の設計図の基礎図面を引いたのも、動物園の白熊をパンダ柄に塗ったのも、大統領の銅像に鼻毛を描いたのも、〝大戦〟を和平に導いた地上絵を描いたのも、全てこの幼児が行った事だと?」
「一部に嘘や脚色があるですけど、大体はそんな感じです。よく調べましたね……」
「仕事を依頼するに相応しい画家かどうか、あらかじめ調査しておく必要は感じていたからな」
 ユウナは溜息を吐く。
 それは、自分達について詳しく調査していたユージンの行為に対する物ではなく、単に彼の依頼の内容が自分の詩ではなく、もめ──ベレー帽の少女が描く絵であったからである。
 詩人ユウナと言えば決して無名ではないのだが、しかし楽描屋ほどではない。
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