楽描屋ーラクガキヤー
 事態を割り切った彼女は、次の問題──すなわち、どうやってユージンから依頼を受けるかに頭を悩ませた。
 彼が信じてくれなくては、依頼を引き受ける事も、報酬を貰う事も、出来ないのである。
 しかも、〝奴〟が関わっているとなれば、話がこじれてくる事は火を見るより明らかだ。
 どうしたものかと考え込んでいると、意外にも打開案はユージンの方から提案された。
「分かった。百歩譲って、このおちびさんが──」
「おちびさんじゃないぞ! もめだぞ!」
「……もめ君が楽描屋だとして、だ。本当に彼女が噂通りの素晴らしい画家であるなど、私には信じられないのだ」
 空気を読まないもめのツッコミに、ユージンはもう何度目になるか分からない苦笑を浮かべ、その度にユウナは肝を冷やす。
 が、下手にもめを刺激しない方が賢明だと理解している彼女は、膝の上のもめには見えないよう、こっそりとユージンに軽く頭を下げた上で、彼の真意を計る。
 彼女とて、ユージンの言い分は理解出来ているつもりだ。
 簡単に信じて貰えるとは思っていない。
「つまり、数々の作品は僕がもーちゃん名義で描いてるのではないか、って事です?」
 ユウナの問いに、ユージンは首肯で答えた。
 確かに、そちらの方が多少は現実味のある話ではある。
 が、絵の担当はもめだ。
 ユウナは詩を詠ませたらその辺の詩人よりは良い詩を詠める自信こそあったが、絵の腕となると極めて平凡な物だった。
 とてもじゃないが、絵に関してはもめの代わりが務まるような器ではない。
「まあ、そう言うとは思ったさ。そこで、だ」
 ユージンは一旦席を立ち、立派な薔薇のレリーフが施された棚の引き出しから、一枚の上質紙を取り出す。
 元の席へと戻ってきた彼は、その紙をテーブルの上にふわりと置き、ユウナの前へと滑らせた。
「まずは本題の絵の依頼に移る前に、私の肖像画を描いてみてくれたまえ。描くのはユウナ君でももめ君でも構わない。私を納得させられるだけの物を仕上げてくれたなら、肖像画も君達の言い値で買わせてもらうし、本題の依頼も受けてもらいたい」
「テスト、ですか。分かりました。今から始めても良いです?」
「そうしてもらえるとありがたい。これでも私は多忙な身でね」
 疑いの眼を向けたまま、ユージンはもう一度、大きく頷いた。
< 12 / 23 >

この作品をシェア

pagetop