楽描屋ーラクガキヤー
 この申し出は、ユウナにとってはチャンスである。
 今この場で描かせてもらえれば、もめを本物のと認めさせる事が出来るだろうし、しかも二枚も絵を買ってくれるというのだ。
 相手が宝石王ともなると、とんでもない額の報酬が入るかもしれない。
 ここの所、もめはロクに金にならない絵ばかり描いていたため、この機を逃せば本気で路銀の心配をしなくてはいけなくなる所だ。
 多くの装備品と食料が必要となる隠密の長旅を、ユウナの収入だけで維持するのは、少しばかり無理があるのだった。
「だってさ。もーちゃん、ユージンさんの似顔絵、描ける?」
「カンタンだ。私にまかせろ!」
 言うが早いか、もめは服の中をまさぐり、中から大量の画材を取り出した。
 絵の具にペンキ、色鉛筆にクレヨン、エトセトラエトセトラ──よくもまあ、こんなに詰め込めた物である。
「僕には、もーちゃんが凄い絵を描く事よりも、もーちゃんの服の中がどうなってるのかの方が、ずっと不思議なんだけどね……」
 というユウナの呟きは、ユージンの耳に届く事は無かったが。
 それはまさに、電光石火。
 もめはまず、背負っていた丸い木の板を外し、板の両端から伸びる紐を首にかけ、板を胸の前に固定する。
 それは使い古された、巨大なパレットだった。
 次に、彼女が適当に掴んだ絵の具が宙を舞い、中身をパレットの上にぶちまける。
 しかしそれをユウナとユージンが視認する頃には、通常の何倍もある長い長い筆がパレットの上を滑っており、様々な色が生み出されていた。
 もめが操る筆は、右手に四本と、口にくわえた一本。
 左手にはクレヨンをはじめとする各種画材が握られており、頻繁に持ち替えが行われている。
 それらを巧みに操り、テーブルの上の紙からは、みるみる白い色が消えていった。
 とても人間業とは思えない彼女の筆さばきに、ユージンは息をする事すら忘れ、見入ってしまう。
 ユウナが口を挟む隙すら無く、気が付いた時には、そこには鳥肌が立つような芸術が、圧倒的存在感をもって鎮座していた。
 ただ──
「……これは、何かね?」
 ユージンは震える声を抑えながら、なんとか言葉を搾り出す。
 それは確かに見る者の心に訴えかける何かを感じさせる一枚であったが、しかし何故か彼の肖像画などではなかった。
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