楽描屋ーラクガキヤー
 しかし、もめは全く詫びれる気配を見せはしない。
 それどころか、とても満足げな表情で額を拭い、完成したばかりの作品を見下ろしながら、しきりにウンウンと頷いている。
 ユウナは「またやっちゃった……」などと呟きながら、痛む頭を抱えていた。
 もめはユウナが詠んだ詩を聞いてからでないと、まともに絵を描けないのである。
 つまり、今回のようにユウナが道標を用意する前に描き始めてしまうと、依頼と関係の無い絵を描いてしまう事も頻繁にあるのだ。
 どう言い訳しようか悩んでいる彼女にも、達成感に酔いしれるもめにも、ユージンの声は届いていなかった。
 二人に無視された形となったユージンは、更に語気を荒げて問い質す。
「私は私の肖像画を依頼したはずだ。驚くべき早業、神がかった技術──不本意ながら、もめ君は確かに楽描屋であると認めても良い。しかしだ!」
 ばしん、とユージンの右手がテーブルの上を激しく打ち、その大きな音に、ユウナは思わずびくりと身を竦める。
 しかし、その程度では彼の怒りは全く収まらなかった。
「この絵は一体、何だというのだ! 何故、〝私の最も大切にしている宝石〟が描かれているのだッ!!」
 彼が怒るのも仕方の無い事である。
 せっかく呼んだ楽描屋は人違いだった。
 しかも本物の方とおぼしき少女は、技術はあっても依頼をこなせない。
 増してや、彼が考え得る中でもかなり上等なもてなしで迎えて、しかしこの有様だ。
 こんなトラブルが続けば、誰だって冷静ではいられないだろう。
 怒気をはらんだユージンの瞳が、ジロリと二人をを射抜くが、もめの方だけは全く気にしている様子は無い。
 そんな彼女の態度に、ユージンの怒りのボルテージはウナギ上り。
 それに当てられ、ユウナはどんどん萎縮していく。
 これでは埒が明かないと感じた彼は、再び当然の判断を下すのだった。
「力は認めるが、実に不愉快だ! おい、客人がお帰りだぞ! 玄関まで案内して差し上げろ!」
 ユージンが手を叩くと、ドアの外に控えていたのであろう、黒のスーツを纏った初老の男が速やかに現れ、入れ代わりに肩を怒らせたユージンは、足音を抑えようともせずに部屋を出て行った。
 その背中に向けて、もめは一言「やっぱり臭うね」と呟く。
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