楽描屋ーラクガキヤー
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 父が笑っている。
 その隣には笑顔の母が居て、その母は病に伏している為に身を起こす事すらままならず、しかし二人はとても幸せそうだ。
 父は鉱夫をやっていた。
 物凄く体力を使う仕事で、毎日クタクタになるまで鉱山で石を掘っている。
 それもこれも、全ては母の命を繋ぐ薬を買う為だ。
 賃金は決して良くはなかったが、それでも生活を切り詰めればどうにか三人が生きていけるくらいの収入はあったらしい。
 同い年の友達みたいにお洒落をしたり、甘いお菓子を食べたり、男の子と街まで遊びに行ったり──そんな経験は無かったけれど、私は幸せだったんだ。
 それは、父も母も笑っていたから。
 今は生活が苦しいけれど、私がいっぱい勉強して、偉い学者様になって、母の病を治す薬を作れば、きっともっともっと幸せになる。
 幼少の頃の私はそう信じて疑わず、しかしスクールに入学可能な年齢に達していなかった私は、毎日家事を手伝う事で父の助けとなっていた。
 けれど、それは〝間に合わなかった〟過去の話。
 私がスクールに入学する前に、母は他界。
 父の笑顔は歪み、涙に濡れ、酒気を帯びた息を吐き出すようになり、彼は怒りっぽくなったし、私に手を上げるようにもなった。
 仕事が手につかなくなった父は、母の死後間もなく仕事をクビとなり、雀の涙程の貯蓄も酒代に消えてしまう。
 全てが悪循環の渦に巻き込まれ、脱出の糸口も見つけられずに絶望した時、アレが現れたのだ。
 魔法使いを名乗ったアレは、魔法が必要になったら俺を呼ぶがいいと言い残し、そのまま去って行った。
 ……魔法。
 馬鹿馬鹿しいにも程がある。
 が、母を失って心が空っぽになっていた父は、日が変わる時間を迎える前にアレを呼んでしまう。
 アレはにやにやと笑みを浮かべたまま、確かこう言ったはずだ。

「俺の魔法で、お前の心に巣喰う悪魔を眠らせてやる。代わりにお前の心から大事な物を一つ頂いていこう。ギブアンドテイクだ──分かるな?」
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