楽描屋ーラクガキヤー
「それはもったいないな。外はあぶない事もいっぱいだけど、たのしい事はもっといっぱいだぞ」
「でも、お父さんが外出を許してくれませんし……」
 エイダが答えかけた、まさにその時だった──ユージンの様子が一変したのは。
 勢いよく立ち上がり、左手でバシンとテーブルを叩き、ベレー帽の少女を睨みながら厳しい口調で言葉を吐き出す。
 唐突な出来事であったにも関わらず、彼の左手の小指にダイヤとおぼしき立派な宝石をあしらった指輪が嵌められていた事を、ベレー帽の少女は見逃さなかった。
「早くそれを仕舞いたまえ」
「……ん、におうね」
 彼女はと言えば、ユージンの物言いに対して特に気分を害した風も無く、しかし妙な事を口走りつつも、彼に言われた通り携帯食料を服の中に仕舞うのだった。
 父親の豹変に、エイダはただオロオロするばかり。
 ベレー帽の少女が片付けを終えると、ごほんと咳ばらいを一つし、ユージンはようやく次の言葉を搾り出す。
 その様子を、ユウナは妙に冷めた目で眺めていた。
 ベレー帽の少女があんな事を言う時は、まず間違いなく〝奴〟が絡んでいる。
 つまり、宝石王は〝奴〟に呪われている、という事だ。
 そうなると、大抵はロクな目に遭わないので、テンションも下がろうというもの。
 今回もタダ働きになりそうな予感を感じつつ、彼女はどうやって仕事を引き受けようかと頭を悩ませた。
「話が逸れてしまったな。場所を変えよう」
 バツが悪そうにそう言って、ユージンは食堂を後にした。
 客人に対して、それも幼子に対して声を張り上げてしまった事について、彼なりに後悔しているのだろう。
 ユウナも黙って彼に続き廊下に出る。
 取り残されたエイダも二人の後を追おうとしたが、長いスカートの裾を引っ張られ、彼女は足を止める。
 裾を引いたのは、ベレー帽の少女だった。
「まって」
 強い意志が込められた凛とした声が、彼女を呼び止める。
 エイダは驚いていた。
 それは、自分よりはるかに年下であるはずの少女が、この時なぜか物凄く大人びて見えたから。
 しかし、それも刹那の出来事。
 次の瞬間には、ベレー帽の少女はニパっと子供らしい笑みを浮かべていた。
「エイダには、これをあげる」
 彼女が差し出したのは、手の平に収まる程の、小さな小さな巾着袋だった。
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